(C)1967 松竹
赤坂の料亭“綾羽”の長女白坂鈴子は、昭和十年十月、観世流謡曲の家元の次男観世扇之丞のもとへ嫁いだ。式服の帯にはさんだ懐剣をきつく握りしめ、兄の世紀から「仇討ちに行くのじゃないんだぞ」と言われたほど、それはある決意に身作られた嫁入りだった。ある決意とは、兄と陸士で同期の、館隆一郎中尉への求愛を彼から断わられた結果だった。鈴子の兄は陸士を病気退校後、左翼運動に傾斜していったが、館は帝国陸軍の将校となり、満州派遣か叛乱蹶起かの二筋道を進んでいた。どちらにしても近く死ぬ、という予感が館にはあり、鈴子の愛を受け入れることが出来なかったのだ。

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